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‪「ほぼ日」、ついに上場へ 「柔らかいIPO (株式公開)」は熱き挑戦か卑劣な方便か‬

日本経済新聞は6日、「ほぼ日刊イトイ新聞」を運営する「株式会社 ほぼ日(にち)」が東京証券取引所に上場申請していたことが判明したと報じた。

糸井重里氏の「ほぼ日」、3月にも上場 東証に申請 :日本経済新聞


当社は数年前より上場に係る体制構築に尽力しており、早ければ今年3月にも新規上場する見通しだという。


当社の第37期(平成27年8月期)決算公告によると、売上高は31.85億円、当期純利益が3.04億円。
直近の第38期(平成28年8月期)もそれ以上の利益を上げており、ジャスダック上場には数値上の懸念はないものとみられ、日経新聞の報道によれば、上場時の時価総額は数十億円規模になるという。

昨年12月には、社名を「東京糸井重里事務所」から「ほぼ日」へ変更していたことから、上場申請も間近かとみられていた。

 

本件について、個人的に気になっているのは、今後当社が新たな株主とどのようなコミュニケーションをとっていくかという点です。

この個人事務所感の非常に強い会社による上場への取り組みについて、糸井重里氏はかつて以下のように時事通信のインタビュー(現在は期限切れにつき削除)に答えています。

糸井氏が上場を考えるのは、「会社を残す」ためだ。糸井氏は現在66歳。ある時点から「会社はもう自分のものじゃない。このメンバー(社員)やこのお客さんがいないと、この会社じゃない」と考えるようになった。上場で得た資金の使い道については「人が欲しい」と即答した。

上場すれば株価の上昇や高い配当を迫られるが、糸井氏は「そうじゃない株主もいるはず。会社が『健康』に成長することに目を配ってくれる株主にも会えるはずだ」と期待する。これまでの常識にとらわれず、株主となる賛同者と「(成長する)方法を一緒に考える」ことが、「ほぼ日」の目指す「柔らかいIPO」のようだ。

 

このインタビューが行われたのは、折しも安倍政権がコーポレートガバナンスの強化により、数多くの日本の会社に、グローバル水準のROE (自己資本利益率)を達成させるなどの目標を掲げていた時期である。

そうした世の中の傾向に対し、「(上場すれば株価の上昇や高い配当を迫られるが、)そうじゃない株主にも会えるはずだ」という期待、すなわち「ほぼ日」の目指す「柔らかいIPO」という願望は、ある意味でチャレンジングであるといえる。


こうした御大の姿勢に関し、当社の株式公開に大きく尽力された、CFO (最高財務責任者)の篠田真貴子氏はどのように言語化したのか。彼女のインタビューから眺めてみましょう。

 

株式市場は、発想がBtoBで、企業間取引のイメージが強く、個人投資家もいかにプロのような振る舞いに近づくかが目的となってしまいがち。
でも、「消費者としてその会社が好きだから株を買う」「ひとりの人間としてこの会社をずっと応援したいから株を買う」というシンプルな気持ちで株を持っているひとは現にいますし、「ほぼ日」はそんな人たちに支えていただく会社でありたいんです。

「ほぼ日」の読者というよりも、事業のありかたに興味を持つひとを増やしたい。多くのひとがいつでも来たくなる、楽しい「大通り」のような場所であり続ける。結果、そこから魅力的な商品が生まれてくる。そういう「ほぼ日」の生態系をわかり、おもしろいなと思ってくれるひとを増やしたい。「ほぼ日」が事業としてもっと成長するには「ほぼ日のサイトに広告を入れればいいのになあ」というよりも、「ほぼ日のサイトにもっともっと面白い催しがあって、にぎわっているといいのになあ」という観点で意見交換できるひとを増やしたいと思います。

となると、投資家とのコミュニケーションは普通の上場企業とはまた違ったきめ細かさ、丁寧さが必要なのでは……。はじめはきっと下手くそでしょうが、「ほぼ日」が上場した後に私がずっとやっていく仕事のひとつがそれになるでしょう。
そして、うちのような会社が上場するケースが他にも生まれたら、株式市場のあり方にも多様性が加わって、ちょっとずつ変わっていくかもしれないな、と思っています。新しいタイプの「株主」が参加するようになるはずですから。

ピーター・ドラッカーの有名な言葉に「顧客の創造」があります。仕事とはつまり、今はまだこの世にいない新しい「お客さま」を「創造」することだ、と。海外の「ほぼ日」の消費者も、上場した際の投資家も、まだ「生まれていないお客さま」です。「ほぼ日」はクリエイティブが本業の会社です。その会社で管理部門を担い、財務畑、マネジメント畑の私ができる、チェンジメイク。それは「海外のお客さま」と「新しい株主」を「創造」することなんだ。そう思っています。

CHANGEMAKERS #04 篠田真貴子 - CHANGEMAKERS OF THE YEAR 2016「CHANGEMAKERS 10」 - 日経ビジネスオンラインSpecial

 

このご発言は、糸井重里氏の「ほぼ日上場」についての所感を、CFO の立場で汲み取って言語化したものだと考えられそうです。
そして、この発言はとてつもなくチャレンジングなものであります。


「上場すれば株価の上昇や高い配当を迫られる」はずの株式市場に、そんな株主ばかりではない、「消費者としてその会社が好きだから株を買う」「ひとりの人間としてこの会社をずっと応援したいから株を買う」株主に支えられたい、と別の価値観を醸成させたいと望む会社。

この声掛けそのものは大変立派なものではありますが、その傍らで利益が落ち込み、株価が下がるようなことになった場合には、「はじめはきっと下手くそでしょう」とCFO 氏が想像しておられる株主とのコミュニケーションは、間違いなく悲惨なものとなるでしょう。

 

なぜならば、新株の購入希望者が、新株の値上がり益を目当てに当社株式を購入するのであれば、こうした「ほぼ日」の株主に対する姿勢は、腹立たしいものとなるからです。


ですが、それも新規公開のときに、新株の応募者に対してそのような積極的なコミュニケーションがあれば、多少は軽減できるかもしれません。(「柔らかいIPO 」への取り組みが本気であれば。)


「新しいタイプの株主」を求めるのであれば、「古いタイプの株主」を排除する努力が、上場の過程でなされるのでしょうか。
またあるいは、(これはかなりハード、かつ、倫理的にいささか疑問も感じますが、)「古いタイプの株主」からお金を受け取った後から、「新しいタイプの株主」になるよう説得を行っていくのでしょうか。


株主が求める成長性に対し、敢えて別の価値観を提示する「ほぼ日」のIPO (新規株式公開)。
これは「ほぼ日」の挑戦か、はたまた当社の「成長性」への疑念から株主の視線を背ける行為か。

前者であれば、応援の眼差しをもって、当社の株主とのコミュニケーションに注目していきたいと思います。

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